光合成をする動物たち:ウミウシが植物から葉緑体を盗む「盗葉緑体」の謎
動物でありながら植物のように太陽光を浴びてエネルギーを作り出す、まるでファンタジーのような生物がいます。それが「嚢舌類(のうぜつるい)」と呼ばれるウミウシの仲間です。彼らは、餌である藻類から光合成を行う器官だけを奪い取り、自分の体内で再利用するという驚くべき生存戦略をとっています。
出典: Emilio Sánchez Hernández / Pexels
藻類から葉緑体だけを「盗む」プロセス
植物や藻類が太陽光から有機物を合成できるのは、細胞内に葉緑体という細胞小器官を持っているからです。通常、動物が植物を食べると、葉緑体を含む細胞壁や細胞小器官はすべて消化管の中でドロドロに分解され、単なる栄養素として吸収されます。
しかし、チドリミドリガイやコノハミドリガイといった一部のウミウシは、餌であるハネモなどの藻類を食べるとき、鋭い歯で藻類の細胞を突き刺し、中の液体だけを器用に吸い出します。そして、消化管の細胞に送り込まれた葉緑体を分解することなく、そのまま細胞内に取り込むのです。
この現象は「盗葉緑体(Kleptoplasty)」と呼ばれています。体内に葉緑体を蓄えたウミウシは全体が美しい緑色になり、光を浴びることで、餌を食べなくても数週間から数ヶ月にわたって生き続けることが可能になります。
遺伝子の「水平伝播説」の否定と新たな発見
長年、生物学者たちの頭を悩ませてきたのは、「なぜ他者の器官である葉緑体が、ウミウシの体内で壊れずに働き続けられるのか」という謎でした。
葉緑体は独自のDNAを持っていますが、光合成機能を維持するために必要なタンパク質の多くは、元の藻類の「核ゲノム」に依存しています。そのため、藻類の本体から切り離された葉緑体は、本来であればすぐに寿命を迎えるはずなのです。
かつては「藻類の光合成関連遺伝子が、進化の過程でウミウシのゲノムへ移り住んだ(遺伝子の水平伝播)」という仮説が有力視されていました。
しかし2021年、基礎生物学研究所や東京大学などの共同研究チームがチドリミドリガイの全ゲノムを解読したところ、水平伝播したとされる藻類由来の光合成関連遺伝子は存在しないことが明らかになりました(参考:基礎生物学研究所プレスリリース)。
研究の結果、ウミウシのゲノム内では、タンパク質の分解を抑制する遺伝子や、光合成の過程で発生する有害な活性酸素から身を守るための酸化ストレス耐性遺伝子が高発現していることが分かりました。ウミウシは他者の遺伝子を借りるのではなく、自分自身が本来持っている防御システムや代謝経路を巧みにコントロールすることで、異物であるはずの葉緑体を保護し、長持ちさせているのです。
光合成はウミウシにとって本当に「食事」なのか?
一方で、ウミウシが本当に光合成エネルギーを主食として利用しているのかについては、今も活発な議論が続いています。
いくつかの実験では、光合成を行わせずに暗闇で飼育したウミウシも、明るい場所で飼育したウミウシと同様に飢餓に耐え抜いたという結果が報告されています。ここから、「光合成産物を利用しているのではなく、単に葉緑体そのものを『長持ちする保存食』として少しずつ分解して食べているだけではないか」という見方もあります。
しかし、光合成によって作られたデンプンなどの有機物がウミウシの体組織に移行していることを示す同位体分析の結果もあり、種や環境によって依存度は異なると考えられています。
光合成をする動物たちの存在は、植物と動物という明確な境界線を曖昧にし、生命の適応能力の深さを私たちに教えてくれます。顕微鏡の向こう側で輝く緑色の葉緑体は、進化の不思議を雄弁に物語っています。
お役立ち情報
- 基礎生物学研究所 プレスリリース 「光合成するウミウシのゲノムを解読」に関する詳細な研究成果報告。遺伝子の水平伝播説を覆した画期的な発見について解説されています。
- 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 海洋生物の多様性や、ゲノム解析アプローチを用いた生物機能の解明を行う最先端の研究室情報などが公開されています。