足元の岩盤が叫ぶとき:断層の摩擦特性と地震シミュレーションの最前線
世界有数の地震国である日本列島。私たちは日常的に地震の揺れを経験しますが、地下深部で何が起きているのかを直接目で見ることはできません。
しかし、地球科学の目で見れば、大地震は突発的な天災であると同時に、地球のプレート運動に伴う巨大な**「摩擦運動の物理現象」**です。
近年、スーパーコンピュータの進歩により、地下数十キロメートルで起きている断層の「叫び」を高精度にモデル化し、大地震の発生プロセスを予測するシミュレーション技術が飛躍的に進化しています。今回はプレート境界で何が起きているのか、その最新物理に迫ります。
出典: Anastasia Haritonov / Pexels
プレート境界で起きていること:ゆっくり滑りと急激なすべり
地球の表面は十数枚の硬い岩盤(プレート)で覆われており、これらが年間数センチメートルほどの速度で動いています。日本列島周辺では、海側のプレートが陸側のプレートの下へと沈み込んでいます。
この沈み込みの際、陸側プレートの先端は海側プレートに引きずり込まれ、徐々に歪み(エネルギー)を蓄積していきます。そして、引きずり込みの力に対して岩盤の強度が限界に達した瞬間、陸側プレートが跳ね上がります。これが「プレート境界型巨大地震」の正体です。
しかし、引きずり込まれるプレート境界のすべての場所が一様に固着しているわけではありません。
- アスペリティ(固着域): プレート同士が極めて強く噛み合っており、普段は全く動かない領域。ここに歪みが集中し、大地震の際には一気に滑る震源域となります。
- ゆっくりすべり(スロースリップ): 巨大な地震波を出さずに、数日〜数ヶ月かけてじわじわと滑る現象。近年、大地震の引き金になるメカニズムとして注目を集めています。
摩擦を支配する物理「速度・状態依存摩擦法則」
断層が滑るか固着するかを決めるのは、高校物理で習う単純な摩擦力(静止摩擦係数と動摩擦係数)だけでは説明できません。現代の地震学では、**「速度・状態依存摩擦法則(Rate and State Dependent Friction Law)」**という理論モデルが標準的に用いられています。
この法則によれば、断層面の摩擦力は以下の要素で動的に変化します。
- すべり速度依存性: 断層が滑るスピードが上がると、摩擦が小さくなる性質(すべり弱化)か、逆に摩擦が大きくなる性質(すべり強化)か。弱化が起きる領域こそが、急激な破断(地震)を起こす「アスペリティ」となります。
- 状態(接触時間)依存性: 断層面同士が接触している時間が長いほど、微小な凹凸(アスペリティ)が潰れて噛み合いが強くなり、断層が「回復(強度向上)」します。
この摩擦法則を物理方程式に落とし込むことで、大地震が起き、歪みが解放され、再び断層が固着して次の地震を待つという「地震発生サイクル」を数理的に記述することが可能になりました。
スーパーコンピュータ「富岳」で描く地震サイクル
物理法則が明らかになっても、プレート境界は巨大かつ不均一です。南海トラフのような広大な断層面全体の挙動を予測するには、天文学的な計算量が必要になります。
そこで活躍しているのが、防災科学技術研究所(NIED)や東京大学地震研究所などが進める、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた超大規模数値シミュレーションです。
1. 南海トラフ巨大地震の再現と不確実性の検証
過去に繰り返し発生している南海トラフ地震(宝永地震や安政地震など)のデータをもとに、プレート境界の摩擦パラメータをスパコン上で変化させ、数万通りもの地震発生パターンをシミュレーションします。「東側が割れた数時間後に西側が連動して割れる」といった多様な破壊シナリオが、摩擦特性と応力伝播の物理法則から自然に再現できるようになりました。
2. スロースリップと巨大地震の連動予測
沈み込むプレートの傾きや深部から上昇する水(流体)の影響によって、摩擦特性が時間変化する様子を計算モデルに組み込んでいます。これにより、近年頻繁に観測されるようになった「スロースリップ」が、隣接するアスペリティにどのように応力を負荷し、本震の引き金になるかというプロセスが視覚的にシミュレートできるようになりました。
シミュレーションの限界とこれからの防災
シミュレーションの精度向上により、「どのような場所で、どれほどの規模の破壊が、どう伝播するか」というシナリオは極めてリアルに描けるようになってきました。
しかし、「次の大地震が○年○月○日○時に起きる」という短期予知は依然として不可能です。なぜなら、地下深くの断層面の正確な摩擦特性や、そこに存在する流体の圧力をリアルタイムで完璧に計測する手段が現代の人間にはないからです。
それでも、シミュレーションがもたらす「起こり得る最大級の揺れ」や「津波の到達プロセス」の予測データは、ハザードマップの改訂や気象庁の臨時情報の判断材料として、私たちの社会を守る最強の武器となっています。
地底深くの岩盤が静かにエネルギーを蓄えている今、私たちはスパコンという最新の知恵を駆使して、その一挙手一投足を捉えようとしています。
お役立ち情報
- スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム - 地震・津波減災(日本語)
「富岳」の計算能力を活用して、南海トラフ地震や首都直下地震の揺れ・津波シミュレーションを行い、減災に役立てるプロジェクトの公式ページです。 - 防災科学技術研究所 - 地震研究(日本語)
日本全国の地震観測網データを一元管理し、スロースリップの監視や断層すべりのシミュレーション研究成果を発信している国の研究所です。 - 気象庁 - 南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表基準(日本語)
異常な地殻変動やアスペリティの予兆を感知した際、気象庁がどのような仕組みで注意情報を発表するかのプロセスを分かりやすく説明した公式ガイドです。