電気を「水素」に変えて貯める:系統用蓄電池の限界を超える長期エネルギー貯蔵(LDES)の仕組み
脱炭素社会の実現に向けて、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(再エネ)の導入が世界中で加速しています。しかし、再エネには「天候によって発電量が大きく左右される」という宿命的な課題があります。晴天の昼間に電気が余りすぎて送電網がパンクしそうになる一方で、夜間や無風時には電気が不足する事態が発生します。
この需給ギャップを埋めるため、現在リチウムイオン電池などを用いた大型の「系統用蓄電池」が各地で整備されています。しかし、数時間〜半日程度の短い電力過不足はカバーできても、「冬場に備えて夏場の太陽光の余剰電力を貯める」といった、数週間から数ヶ月におよぶ**「長周期エネルギー貯蔵(LDES:Long-Duration Energy Storage)」**には、従来のバッテリーではコスト面からも技術面からも対応できません。
そこで注目されているのが、電気を水素に変えて保存する**「水素エネルギー貯蔵システム(HESS:Hydrogen Energy Storage System)」**です。今回はエネルギー工学の視点から、このシステムの仕組みと、バッテリー貯蔵との決定的な違いを解説します。
系統用蓄電池(リチウムイオン)の限界
現在主流の系統用蓄電池(リチウムイオンバッテリーなど)は、非常に高い**往復効率(RTE:Round-Trip Efficiency)**を誇ります。充電した電気の約85〜90%を再び電気として取り出すことができ、応答速度もミリ秒単位と極めて優秀です。
しかし、長周期貯蔵におけるリチウムイオン電池には2つの大きな工学的限界があります。
- 容量を増やすための高コスト(比例的なコスト増加) リチウムイオン電池で「貯蔵容量」を2倍にするには、バッテリーセル(セル、BMS、ケーシング等)を単純に2倍購入しなければなりません。このため、何日間も電力を貯蔵するような大規模システムでは、設備投資額(CAPEX)が天文学的な数値になります。
- 自己放電によるエネルギー損失 バッテリーは使用しなくても、内部ショートや化学反応の進行により少しずつ蓄えた電気が漏れていきます(自己放電)。数ヶ月間保存しておくと、使いたいときには大部分のエネルギーが失われていることになります。
水素エネルギー貯蔵システム(HESS)のプロセス
水素エネルギー貯蔵は、余剰電力を「化学エネルギー(水素)」として保存する技術です。プロセスは大きく以下の3つのステップに分けられます。
1. Power-to-Gas(電気から水素への変換)
太陽光や風力の余剰電力を用い、水電解装置(水素製造装置)により水を電気分解し、水素ガスを製造します。代表的な方式には、現在普及が進む「PEM(固体高分子形)水電解」や、エネルギー効率が非常に高い次世代の「SOEC(固体酸化物形)水電解」などがあります。
2. 水素の貯蔵・輸送(長期保存)
製造した水素は、高圧ガスタンクに圧縮して貯蔵するか、あるいはマイナス253℃以下まで冷却して「液化水素」として貯蔵します。さらに、水素をトルエンという液体に化学反応させて**MCH(メチルシクロヘキサン)**という安定な有機溶剤に変えることで、常温常圧のタンクで自己放電ゼロのまま、数ヶ月から数年にわたって永久的に長期保管することが可能になります。
3. Gas-to-Power(水素から電気への変換)
電力が不足する時期(冬場の暖房ピークや梅雨時期の長雨など)が来たら、貯蔵しておいた水素を再び電気に戻します。高効率な燃料電池(固体高分子形PEFCや固体酸化物形SOFCなど)を使用するか、あるいは既存のガスタービンを改造した「水素専焼ガスタービン」を用いて発電し、送電網へ電気を送り出します。
工学的なトレードオフ:効率か、スケールか
水素エネルギー貯蔵は、長周期貯蔵において無類の強みを発揮しますが、現在も解決すべき大きな工学的課題があります。それが**「往復効率(変換効率)の低さ」**です。
電気を分解して水素にし、それを再び電気に戻すプロセス全体での往復効率(RTE)は、現状**約35〜45%**にすぎません。つまり、貯めた電気の半分以上が熱として失われてしまいます。
しかし、水素貯蔵にはこの低効率を補って余りある「スケールメリット」があります。
水素エネルギー貯蔵では、**「出力(水電解装置や燃料電池の大きさ)」と「貯蔵容量(水素タンクのサイズ)」**を完全に分離して設計できます。一度水電解装置を設置してしまえば、あとは「安価なスチール製ガスタンク」を増設するか、あるいは地下の塩岩空洞(ソルトカバーン)などを利用するだけで、容量あたりの単価をほぼゼロに近いコストでスケールさせることができます。
数大〜数ヶ月分の巨大なエネルギーを貯蔵する場合、容量単価が圧倒的に安いため、たとえ往復効率が低くともトータルの経済性でバッテリーを圧倒するのです。
また、発電時の排熱を地域の温水暖房や工場の蒸気プロセスに利用する「コジェネレーション(熱電併給)」を組み合わせれば、総合的なエネルギー有効利用率を80%近くまで高めることができます。
系統用リチウムイオン電池が「短時間の需給調整」を担い、水素エネルギー貯蔵が「季節間の需給調整」を担う——この二つの技術を最適に組み合わせるシステムエンジニアリングこそが、再エネ100%の未来を支える鍵となるでしょう。
お役立ち情報
- NEDO - 水素・燃料電池技術 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による水素社会実現に向けたプロジェクト一覧。低コストな水素サプライチェーン構築や水電解技術の目標値が参照できます。
- IEA - Global Hydrogen Review 国際エネルギー機関(IEA)による世界の水素エネルギー市場と技術に関する最新の報告書。主要国でのプロジェクト状況や、送電網統合における水素の役割についてデータと共に見られます(英語)。
- NEDO - 福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R) 福島県浪江町に建設された、世界最大級の10MW級水電解装置を備えた水素製造・貯蔵実証プロジェクト。再生可能エネルギーの電力を水素に変え、輸送し利用するサプライチェーン全体の技術検証状況が紹介されています。
出典: